レポート−REPORT
テリトーリオとローカリズムから考える新しいラグジュアリー
INTRODUCTION
「テリトーリオ」とは、英語の「テリトリー」に対応するイタリア語の地域を表す言葉。ただし意味する範囲がさらに広く、「行政区分でもなければ、自然要素と人的要素をあわせたその地域らしさを生み出す文化的共同体でもなく、非市場的機能が社会に復活し市場と社会が調和した地域社会」(木村純子教授)で、これを舞台に豊かな日常生活が展開している。
一方、排他的なイメージが強い「ラグジュアリー」という領域は、今、新しい考え方を取り入れつつあり、ローカルのアイデンティティを重視しながら新たな文化を創造していこうとしている。今回のトークセッションでは、「テリトーリオ」と「ラグジュアリー」の専門家であるお二人に登壇いただき、農業や地域産品を中心に、丹後の未来についてディスカッションしました。
木村:20世紀において、環境や文化を守ることへの意識と行動の違いが、現在のヨーロッパと日本の農村部の状況に大きな違いを生んでいると思います。イタリアには輝きを放つ農村部が増え、逆に日本では疲弊、衰退していっている。80年代にイタリアのピエモンテ州で生まれた「スローフード」運動が有名ですが、ヨーロッパでは早くからアグリツーリズム法、景観法などを制定し、政策レベルのマクロな活動と現地レベルのボトムアップの活動が協同し、昔ながらの農村文化や暮らしを守るための取り組みを初めていました。
イタリアをはじめとする欧州では、地域それぞれの多様性や特性を資源として評価し、さらなる価値につなげる政策を20世紀から続けてきました。特に、南欧を見ると、イタリ、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、スペインの5ヶ国だけでEU27ヶ国全体の「原産地名称保護制度」の産品の70%以上を占めています。つまり、南欧はテリトーリオを基盤とする地域ごとの特性を生かした農業活動を展開し、また、それを可能とする経済的自立と社会的・環境的サステナビリティの双方を実現していると言えます。
安西:テリトーリオや「原産地名称保護制度」などの考え方の根底には、「美味しいものを食べたい思い」が反映されていると思います。先ほど挙がった南欧には、チーズ、ワイン、生ハムなどの世界に名を知られる農産品がたくさんある。対して北欧には、それに匹敵す地域特性のある農産品がほとんどありません。南欧が、農村文化をいかに大切にしているかという事実が現れています。
木村:オランダにも、ゴーダチーズなど「原産地名称保護」の産品はありますが、ほぼ工業化されている。かたやイタリアでは、今も職人が手作りしています。食は、その地域のテリトーリオの特性や自然条件によって完成するため、いくら同じ技術や作り方を用いたところで、同じものは作れません。日本にも、これと似た「地理的表示保護」という制度があり、地域のそれぞれの産品と味が、地域との結びつきを証明できたときのみ、認定されます。代表的な例に、夕張メロンがありますね。食べ物の価値というのは、味がよいとか技術が高いとかだけでは測れない。テリトーリオこそが、そこに唯一無二の特徴を生み出します。
北林:テリトーリオやラグジュアリー戦略という概念は、丹後にも取り入れられると思うのですが、地域全体の価値を向上させるには、具体的に何から始めるべきでしょう?
木村:テリトーリオの形成は、短い視点では考えられません。ともすれば、結果を出すのに二世代分ぐらいの時間を要します。それくらい長期的な意識で考えるべきものだということをまず知っていただきたい。
安西:オーガニックワインが世に出始めたのは1980年代です。私がイタリアに渡った1990年代、オーガニックワイン=美味しくないもの、でした。それが変わり始めたのは、まだこの5~10年以内のことです。つまり、ひとつの新しい取り組みが、あるクオリティに達するのに30年ほどもかかったことになります。
1920年代にイタリアで景観法やアグリツーリズム法が制定されましたが、なぜこのような法律ができたのか、を考えてみるのもおもしろいです。欧州では、文化的財産の略奪がたびたび繰り返されてきました。文化を略奪する、される、という経験があるからこそ、文化は守らなければいけないものという意識が育ちます。その国がどういう歴史をたどってきたかで、文化遺産についての意識はかなり異なって
きます。
木村:イタリアでは、原産地名称保護に指定されている産品でも、味が均一でないことが多々あります。それぞれの作り手の個性で作るのだから、味が違って当たりまえ。そして消費者側もそれを当然と思っています。しかし日本では、「均一」であることは非常に重要で、同じ商品を2つ買って味が違うなんてことがあれば、欠陥品扱いです。
均一化とは、一番低い品質に合わせることを言います。すると、高い品質のものが扱いにくい、ということになってしまう。イタリアは、均一でないことの差を楽しむことで、個性が守られています。日本の食育では、栄養バランスが注目されますが、イタリアではテリトーリオを食育活動の一環として子供に教えます。
北林:文化財とは、保存していくだけではなく、次につなげていく必要がある。遺産で止めてはいけない。丹後ちりめんや、今、丹後の20代の若者が頑張って取り組んでいるホップの栽培やクラフトビールの製造なども、まさに丹後という「テリトーリオ」から生まれたプロダクトです。テリトーリオという考えを元に、丹後が取り組めることがまだまだたくさんありますし、丹後のこれからがとても楽しみです。
登壇者
木村純子氏
2012年9月から2014年8月まで、イタリアのヴェネツィア大学で客員教授を務める。神戸大学大学院博士課程、ニューヨーク州立大学修士課程修了。研究テーマは地理的表示(GI)、農産物マーケティング、地域活性化。
安西洋之氏
東京とミラノを拠点とするビジネスプランナー。欧州とアジアの企業間提携の提案、商品企画や販売戦略等に多数参画。現在はラグジュアリーの新しい意味を探索中。また、ソーシャル・イノベーションを促すデザイン文化についてもリサーチ中である。